再び「こども誰でも通園制度」を考えるⅣ ~誰のための何のための制度なのか?~
研究所メルマガvol.27
2024年8月22日
今回のメールマガジンでは、「こども誰でも通園制度」(PartⅣ)について取り上げました。今年度から全国115市町村で試行的事業が始まりましたが、期待の大きさに反して実際の取組状況は必ずしも上々とは言えないようです。そこで、最終回では「残された課題」について、改めて考えてみました。
2年後の本格実施を見据えて、「こども誰でも通園制度」の試行的事業が全国115市区町村で始まっています。この制度については、大きな期待がある一方で、不安や戸惑いも少なくありません。そのせいか、試行的事業も予算上は150自治体を想定していたにもかかわらず、4分の3程度しか手が挙がりませんでした。
受け入れ側の保育施設・事業者にとっては人材不足や保育スペースの問題などから受け入れ体制を整えられなかったり、費用(1人当たり補助額850円、利用者負担300円)の安さなどもあって、二の足を踏むところが意外に多かったようです。一方で、子育て家庭の利用者にとっては、おおむね好評のようですが、買い物や通院、自分の時間が持てることといった保護者のニーズによる利用希望が大半で、子どもの健やかな育ちという本来の視点が希薄であるのが現状です。
こうした状況を踏まえて、当メルマガでは、「制度の目的」「運用上の課題」「保育の再定義」の3点について、「こども誰でも通園制度」の本格実施に向けた課題を取り上げました。その最終回として、今回は「残された課題」について“現実的な観点”から考えてみたいと思います。
〈残された課題〉
こども家庭庁の説明資料によると、令和8年度からのこども誰でも通園制度の本格実施に向けた今後の主な検討事項として、①令和7年度の利用時間について、②人員配置、設備運営基準について、③安定的な運営の確保について、④こども誰でも通園制度を実施する上で手引きになるようなものの作成について、⑤総合支援システムについてという5つが挙げられています。
このうち令和7年度の利用時間については、現在の月10時間という上限時間を引き上げるかどうか、引き上げる場合はどの程度引き上げるか、といったことが課題になると考えられます。この問題に関しては、子ども・子育て支援法や児童福祉法の改正を論議した先の国会においても質疑が行われ、政府としては次のように答弁しています。
「こども誰でも通園制度の上限時間は、今年度から『月10時間』を上限として実施している試行的事業の状況や全国的な提供体制の確保状況等も踏まえながら、都市部を含め全国の自治体において提供体制を確保できるかといった観点から今後検討」
この答弁を見る限り、上限時間の引き上げにはあまり前向きではないように思われます。その理由としては、「今後本格実施を見据えて、都市部を含め全国で提供できる体制を確保できるようにすること」「全国の自治体において対象となる全てのこどもが利用できる制度とするため、全国で実施することが可能な上限設定とすること」を重視しているためです。
簡単に言えば、上限時間を2倍に引き上げれば、受け入れられる子ども数が抑えられてしまい、「誰でも」でなくなるという心配です。誤解を恐れずに表現すると、未就園児の待機児童を出したくないということです。
とはいえ、月10時間上限に対しては、保育関係者の多くが引き上げを求めていますので、月10時間を超える上限時間が設定される可能性もあります。ただ、その場合であっても、大幅な引き上げは考えにくく、例えば毎週1回利用するとして、1回当たり3時間であれば12時間、1回当たり4時間であれば16時間といったあたりに設定されるかもしれません。
ちなみに、子ども・子育て支援法では、「乳児等通園支援を利用した時間」について「当該時間が10時間以上であって乳児等通園支援の体制の整備の状況その他の事情を勘案して内閣府令で定める時間を超えるときは、当該内閣府令で定める時間」(第30条20の3)と規定しており、10時間を超える設定も可能にしています。
人員配置、設備運営基準については、現在の試行的事業が「一時預かり事業の配置基準と同様とする」とされているため、これをほぼ踏襲するものと考えられます。ただ、令和8年度からの本格実施を念頭に、乳児等通園支援事業としての設備及び運営に関する基準を設ける必要があるため、同庁では今年秋頃を目途に新たな設備及び運営に関する基準(内閣府令)の制定を目指しています。
安定的な運営の確保については、現在の試行的事業で適用されている1時間当たり850円という補助単価の引き上げが最大の課題となります。これに関しては、令和7年度の試行的事業の規模や上限時間の設定によっても影響を受けるため、来年度予算編成の動向次第ということになりそうです。今月末の来年度予算概算要求である程度明らかになるのか、事項要求として暮れの予算編成まで待たなければならないのか、現時点では不明です。
こども誰でも通園制度を実施する上で手引きになるようなものの作成については、何らかの手引きやガイドライン的なものが作成されることは確かです。子どもを安全・安心に預かる一時預かりと違って、子どもの健やかな育ちを第一義的に考えるものである以上、こども誰でも通園制度の特性(年齢ごとの関わり方の留意点や利用方法の組み合わせ方等)を踏まえた手引きが重要になります。とはいえ、保育ではなく地域子ども・子育て支援事業に位置づけられていることから、保育所保育指針のようながっちりしたものにはならないと考えられます。
総合支援システムについては、制度の円滑な利用や、コスト・運用の効率化を図るため、利用者が簡単に予約できる予約管理や、事業者がこどもの情報を把握したり、市町村が利用状況を確認できるデータ管理、事業者から市町村への請求を容易にできる請求書発行といった機能を備えたシステムを構築し、令和8年度からの運用開始を目指しています。
なお、保活に関する一連の手続をオンライン・ワンストップで実施可能とする「保活ワンストップシステム」の構築に向けた検討が進められており、最終的にはこども誰でも通園制度の総合システムと統合することになりそうです。
一方、利用時間の上限や補助単価などとも関連しますが、より重要な課題として令和8年度からの本格実施に際して、未就園児家庭の利用希望を満たせるだけの供給(提供体制)が整えられるのかという問題があります。
今年度の試行的事業に関して、同庁が示した今年6月14日現在のデータをみると、実施を予定する115自治体のうち、4月に開始したのが20自治体、5月が6自治体、6月が5自治体の計31自治体で、最初の3か月で27%しか事業をスタートできていません。事業所の数は150か所にとどまっており、このうち60か所(40%)が公立となっています。実施方法としては、空き定員を利用した余裕活用型が98か所(65%)と最も多くなっています。
これらの状況を見る限り、令和7年度に実施自治体や実施事業所を大幅に増やせるか心許ないと言わざるを得ません。利用上限時間や補助単価などをよほど改善しない限り、2年度目を迎える試行的事業の拡充は厳しいのではないかと思われます。
前途多難な事業ではありますが、その意義は大きく、今後の子ども政策の行方を占う上でも大切な制度と言えます。従って、短兵急に結果を求めるのではなく、数年かけて制度を育てていくような姿勢が期待されます。