少子化対策の成果をどこに求めるのか
研究所メルマガvol.32
2024年11月15日
今回のメールマガジンでは、厚生労働省が発表した人口動態統計の月報と速報を取り上げました。少子化の加速が浮き彫りになる一方で、2030年までがラストチャンスとされる少子化対策が果たして成果を出せるのかどうか。そもそも少子化対策の成果をどこに求めるのか、改めて問い直す必要があるのではないでしょうか。
このほか、研究所WEBサイトの「お知らせ&情報」に最近アップしたニュースやトピックスをお知らせします。
今年1年間の出生数は70万人を割り込むのではないか、というニュースが多くのメディアで取り上げられました。出生数そのものもさることながら、2016年に100万人の大台を下回ってから、わずか8年で70万人を割り込むというスピードの速さに驚かされます。
岸田首相(当時)が2023年1月4日に伊勢神宮参拝の際に行った年頭記者会見で、「異次元の少子化対策」に挑戦すると発言し、その年の12月に「こども未来戦略」が閣議決定され、現在進行形で少子化対策に取り組んでいる最中だけに、その成果を求めるのは早計に過ぎるとはいえ、2030年までに少子化のトレンドを反転させることができるのかどうか、非常に厳しい現実を突きつけられているように思います。
多くのメディアが取り上げたのは、厚生労働省の人口動態統計月報(概数)令和6年6月分の結果です。これは、日本における日本人についてまとめたものです。これに対して、日本における日本人や日本における外国人、外国における日本人などを含めたものが人口動態統計速報です。月報と速報とでは、おおよそ4%程度の違いを生じる、つまり速報のほうが4%ほど数が多くなると言われています。
実際、昨年1年間の出生数をみると、速報値が75万8631人、確定値(月報に修正を加えたもの)が72万7288人となっていて、3万人程度の差が見られます。
令和6年6月分の月報では1~6月の半年間の出生数が32万9998人、速報では35万74人となっていましたので、月報のほうが2万人あまり少なくなっています。
ちなみに、当研究所のWEBサイトに掲載したトピックス記事(11月4日)では、令和6年8月分の人口動態統計速報の1~8月の累計数を基に、今年1年間の出生数を機械的に算出したところ(8か月分を1.5倍すると)、71万8665人となりました。昨年の出生数について1~8月の累計数を基に算出してみると75万8664人となり、実際の1年間の速報値75万8631人とかなり近似していました。従って、今年1年間の出生数の予測71万8665人も、それほど大きな誤差は生まないと考えていいでしょう。
一方、令和5年の出生数の確定値は72万7288人で、速報値より3万人あまり少なくなっていましたので、今年1年間の出生数の仮算定値(速報ベースで71万8665人)から3万人を差し引くと68万人台にまで落ち込むと推定されます。
参考までに、令和6年6月分の月報に示された1~6月半年間の出生数32万9998人を単純に2倍すると65万9996人となりますが、出生数は後半のほうが多くなる傾向があり、昨年は前半に比べて後半が2万人あまり多かったことを勘案すると、68万人台になるのではないかと推測されます。
従って、速報ベースでも、月報ベースでも、今年1年間の出生数は68万人台になる可能性が高いと言えそうです。
蛇足ながら、厚労省がまとめる人口動態統計には、速報値、概数値、確定値の3つがあります。速報値は、人口動態調査票が市区町村で作成され、これを収集し集計したもので、日本における日本人、日本における外国人、外国における日本人などを含みます。概数値(月報)は、速報値のうち日本における日本人についてまとめたものです。確定値は、月報の年計(概数)に若干の修正を加えた確定数となります。概数値(月報)は、日本人だけの数値であるため、速報値より4%程度少なくなると言われています。
さて、長々と出生数のデータについて説明してきましたが、問題は少子化が引き続き加速しており、こども未来戦略が「2030年までがラストチャンス」とする少子化のトレンドを反転させることができるのかどうか、はなはだ疑わしいということです。
もっと言えば、仮に少子化の加速に歯止めをかけることができたとしても、子どもを産み育てる世代の人口が大きく減少していきますので、出生率が上昇に転じても出生数は当分減り続けることは確実です。
つまり、少子化対策としては、少子化のトレンドを反転させることを目指しつつ、同時に出生数が減り、若者が減り、労働力人口が減っても、地域社会や社会経済、社会保障制度が持続可能であるような対策、政策を講じることが重要になるということです。
言い換えると、社会全体の持続可能性を高めることにつながる有効な少子化対策の成果をどこに求めるのか、大袈裟に言えば哲学が問われます。これに関して、こども未来戦略では、「今回の少子化対策で特に重視しているのは、若者・子育て世代の所得を伸ばさない限り、少子化を反転させることはできないことを明確に打ち出した点にある」と強調しています。未婚率の上昇が少子化に最も拍車をかける大きな要因である以上、若者の安定的な雇用や一定の所得保障が重要であり、そのための雇用政策・労働政策の在り方が問われていることは確かです。
しかし、こども未来戦略では、残念ながら実効性のある雇用政策・労働政策を描き切れておらず、2030年まで、つまりあと5年程度で抜本的な対策が講じられ、一定の成果が上がるとは考えにくいのが現実です。
それ以上に欠けているのは、生まれ育つ子どもたちが健やかに、心豊かに、たくましく成長していくことを支えるという質的な成果を求める視点です。出生率や出生数を増やすという量的な対策にとどまらず、未来の地域社会や経済社会を担い、支える優位な人材を育成するという質的な対策がより重要になるにもかかわらず、そうした対策や政策は決して十分とは言えません。
何よりの証拠が、児童手当等の現金給付に何兆円という財源をつぎ込む一方で、職員の処遇や配置の改善、さらにはエビデンスベースで保育の成果を検証するような大規模調査研究の推進など、保育の質の向上に対しては、十分な財源を充てていないことです。
デンマークの人口(約593万人)は日本の20分の1以下ですが、先日訪問したデンマーク評価研究所の話では、保育の質の評価に関する調査に3億円の予算をかけていると聞きました。これだけの予算を保育の質に関する調査に計上しているという話を日本では聞いたことがありません。これは、何に成果を求めるのかという哲学の違いであり、科学的な根拠に基づいて政策を立案しようとするかどうか、という基本的な姿勢の違いだと思います。